最高裁判所第一小法廷 昭和57年(あ)546号 決定 1986年2月24日
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人篠原由宏の上告趣意第一は、憲法三七条二項違反をいう点を含め、その実質は、公務所照会によって送付を受けた文書の取扱及び証人の採否決定に関して刑訴法違反をいう単なる法令違反の主張であり、同第二のうち、憲法三四条、三六条、三八条一項、二項違反をいう点は、記録を調査すると、林武英の逮捕、勾留及び取調に所論のごとき違法があるとは認められず、その検察官に対する供述調書の任意性を肯認した原判断は正当と認められるから、所論は前提を欠き、その余は単なる法令違反の主張であり、同第三のうち、憲法三八条二項違反をいう点は、記録を調査すると、被告人の取調に所論のごとき違法があるとは認められず、その検察官に対する供述調書の任意性を肯認した原判断は正当と認められるから、所論は前提を欠き、その余は単なる法令違反の主張であり、同第四は、憲法一四条、三一条違反をいうが、原審においてなんら主張、判断を経ていない事項についての憲法違反の主張であり、同第五は、憲法三一条違反をいう点を含め、その実質は、公職選挙法の解釈適用の誤りをいう単なる法令違反の主張及び事実誤認の主張であり、同第六及び第七は、それぞれ事実誤認の主張であり、同第八は、量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
なお、公職選挙法二二一条三項四号にいう「当該地域における選挙運動を主宰した者」とは、当該公職の候補者が立候補届出により候補者としての地位を有するに至ったとき以後の当該地域における選挙運動を推進するについて、その地域の中心的存在としてこれを掌握指揮する立場にあった者をいい、同項一号に掲げる者(以下「候補者」という。)又は同項二号に掲げる者(以下「総括主宰者」という。)が、当該地域を含む当該選挙の行われる全区域に共通するものとして、選挙運動の推進に関する事項全般にわたり、具体的かつ詳細な指示をしたような場合であっても、当該地域における選挙運動推進の中心的存在として、それらの者の指示を実施するための事務その他当該地域における選挙運動を推進するについての諸般の事務を掌握指揮した者は、「当該地域における選挙運動を主宰した者」に該当すると解するのが相当である。
また、同項四号にいう「地域における選挙運動を主宰すべき者として候補者又は総括主宰者から定められ」とは、当該公職の候補者の立候補届出により候補者又は総括主宰者としての地位を取得するに至った者から、明示的又は黙示的に当該地域における選挙運動を主宰すべき者として定められたことをいい、立候補届出後においてその旨が明示的に定められた場合はもとより、候補者又は総括主宰者としての地位を取得するに至った者と当該地域における選挙運動を主宰した者との立候補届出前後を通じての言動等に照らし、両者が意を通じ合い、互いにその地位役割を了解し、これに従って行動していたと認められる場合をも含むと解するのが相当である。
そして、(一) 本件選挙運動の推進母体たる「糸山英太郎を育てる会」の活動が、立候補届出の前後を通じ、運動担当者の選任及び指揮監督並びに活動資金の調達配布等の面において、東日本と西日本の二つの地域に分けて行われたこと、(二) 被告人が、公示前の段階から、右「育てる会」の西日本地域における活動を統括する「西日本本部」の中心的存在として、西日本各地区の運動担当者に対し選挙運動の進め方等について具体的な指示、指導等を行い、西日本各地区における活動資金の配分を計画、実行し、各種会合への出席その他の対外的活動面においても、西日本地域における活動の中心となってこれを推進する者として行動し、立候補届出後においても、西日本全域にわたる選挙運動の情勢把握、連絡調整等に当たるとともに、西日本各地区の運動責任者多数に対し広範な買収行為を行い、ひきつづき西日本地域における運動推進の中心的存在として行動し、その地位、役割は選挙終了に至るまで変更がなかったこと、(三) 総括主宰者となった林武英は、被告人との接触等を通じて公示前の段階から、被告人が前記のごとき地位、役割を果すことを了解しており、公示直前の各種会合においても、「西日本については、ひきつづき被告人に責任者になってもらう」旨の発言をするなどして立候補届出後においても被告人が西日本地域において従前と同様の地位、役割を果すべき旨の意思を表明していたこと、など原判決が認定した本件事実関係のもとにおいて、被告人が、東日本と西日本の二つに分けられた地域のうち西日本地域における選挙運動を主宰すべき者として総括主宰者である林武英から定められ、現に同地域における選挙運動を主宰したとして、公職選挙法二二一条三項四号にいわゆる「地域主宰者」に該当すると認めた原判断は、正当として是認することができる。
よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 高島益郎 裁判官 谷口正孝 裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫)